オリジナル映像ソフト/写真集のお店 Top Guide  
         
    新しいソフトが出来たとき開ける気まぐれなお店です。    
         
   

★2016年2月 線路端の猫戯子 Glass of the railside 完成! Youtubeで公開開始

   
    いつまで取り組んでもきりがないのでなにはともあれ第一段階として、Ver.1をYouTubeにアップしました。    
    全編4時間を越える超長編ですので五本に分けてあります。    
    この作品は、かつて長野電鉄木島線廃止までの一年を記録しDVD作品として販売した「信州中野発木島行」をベースに、その後廃止が決まった同電鉄    
    屋代線も加え、鉄道の廃止を縦糸に構成しながら、横糸は現代社会の矛盾を考え、一方この時期に自身の身に起きた事を盛り込んだ長編叙事詩です。    
    作品中使用した8ミリも含めると41年の歳月をかけて、田舎の映像作家が持てるもののすべてをつぎ込んで作り上げた作品です。    
    長い間これにかかりっきりでしたがこれで句読点を打って次の一手を考えましょう。    
    種は蒔きました。あとはこれがどういう実をつけるか、また費やした歳月が徒労に終わるのか。    
         
    以下、YouTubeへのリンクです。妙なサイトへ飛ぶことはありませんのでご安心を。    
    線路端の猫戯子 Glass of the railside 1/5    
    線路端の猫戯子 Glass of the railside 2/5    
    線路端の猫戯子 Glass of the railside 3/5    
    線路端の猫戯子 Glass of the railside 4/5    
    線路端の猫戯子 Glass of the railside 5/5    
         
    線路端の猫戯子 雪解けを待って京都ロケを計画中 京都の加悦SL広場に木島線開業当時の蒸気機関車が動態保存されているんです!    
     当工房の前作「信州中野発木島行」をベースに、
 廃止された鉄道の意味と現代社会の関係を立体的に考える長編作品。
 敢えて樹を見て森を見なかった前作に対し、
 私鉄ローカル線の廃止を現代社会の象徴として位置付け、
 矛盾と欺瞞に満ちた現代を風刺する。
 あれから9年。
 見よ、あの時点よりも、事態はさらに悪化しているではないか。
   
           
           
    そして2011年、木島線から9年。今、屋代線も廃止が決定。    
    今、再び立ち上がる時。    
         
    2012年3月31日、屋代線は終了しました。    
    2011年は春の屋代線下見から張り切っていたのですが、夏に体調を壊してひどい目に遭ったり(お腹に石が出来ちゃいました)他にもいろいろあって計画    
    は大幅に縮小せざるを得ませんでした。    
    でも、季節ごとに最小限の収録は進めて素材はほぼ集まりました。    
    まだ若干の追加撮影は残っていますが連日編集で悪戦苦闘中です。    
    完成はいつになるか未定ですが、出来上がった暁にはどこか変わった場所での完成記念上映会を開催しようと目論んでいます。    
         
    2012年5月13日 ついに長年の夢だった加悦SL広場まで行って木島線を含む河東鉄道を走った蒸気機関車と対面、撮影が実現しました。    
   
   
加悦SL広場の入り口    
   
   
   
入場券は硬券!   これが4号機関車   大正末期河東鉄道を走りました
   
   
   
小さなSLです   渋いですね   組み立てはリベットを多用
   
   
   
大雑把な作り   鉄の塊です   分厚い窓ガラス
   
    車で往復1,000kmを越す未経験の強行軍でしたが事故も無く無事帰ってきました。    
    帰宅後さっそく収録素材を編集中の本編に組み込んでいます。他にも追加したい素材がありますが、それは地元のものですのであわてることはないなと。    
         
    2012年夏 いよいよ編集が大詰めの段階です。    
    素材は廃止された鉄道の姿を借りていますがテーマはもちろん「私自身」で、現代社会への強烈な風刺と私からのメッセージ。いわば独りよがりのいいた    
    い放題。一部ですがメディア関係者にも見せて手ごたえを感じています。    
    もてるもののすべてを一滴残さず絞り出して全力投入です。全くの個人による自主制作ですから、一切の制約はありません。    
    基本的な構成は完成して、今は細部の不具合を修正しているところです。足りない素材は裏の畑から採ってきます。(ほんと、そんな感覚)    
         
    2012年秋 いまだ編集終わらず    
    いつまでやっても堂々巡り、良く言えば螺旋階段を試行錯誤しながら上っている状態です。予定ではとっくに公開しているはずなんですが。    
    でも、手を加えれば加えたなりに内容が充実するのを実感すれば振り出しに戻って終わりのない旅を続けるのも悪くないなと、これは弁解でしょうか。    
    画家は筆の置きどころを心得ているといいますが、私はまだその境地には達していません。    
    ひとつ悟ったことがあります。一般に、映像作品はカットすればするほど密度が濃くなるといわれますが、それは絶対違うと思います。    
         
    2013年1月 今年こそ、今年こそはの心意気    
    未だ完成せず。自分にいらつきます。一体、完成させる気があるのか!もしかしたら、じゃなくてこれは完成させない努力をしているのではないか。    
    何か他に追加する項目はないか、現状の構成でいいのか、そもそもこれはまるで無意味な行為なのではないか。そればっかりです。    
         
    2014年6月 北陸新幹線を待とう    
    どうせここまできたら長野金沢間を「北陸長野新幹線」が走る姿を捉えて完成させることにしました。    
    今日の新聞記事によるとこの8月からJR西日本の新型車両W7による長野金沢間の試運転が始まるそうです。    
    撮影ポイントはすでに何箇所か見つけてあります。待ち遠しい!    
         
    ここまで完成せずに長引いているのは、何もしなかったからではありません。    
    作品に厚みをつけるため、蛇に足を付け足そうとしているのかも知れませんが、それでいいのではないかと考えていますし、いわゆる「完成」ははじめから    
    あり得ないのです。    
    誰に頼まれたわけでもない、自分自身のために作っている作品ですから、作り手は完成させようとする過程を目いっぱい楽しんでいいと思っています。    
         
         
    1975.夏/ガラス細工のモビール  2010.12完成 YouTubeで公開中    
     自分の置かれた状況に納得できず、
 不条理な現実を突破するために若者は8ミリ映画を作った。
 無限の可能性を信じていたあの頃。
 何も結果を出せぬまま日常に埋没し、
 還暦を過ぎてしまった彼が、物置に放置した映画に再会。
 鮮やかに蘇るあの夏の日々。
 若者の自己投影としての少女は今も旅を続けている。
 男はあの頃と何も変わらぬ状況を打開しようと再び動き始めた。
 1975年に始まった少女の旅を完結させるために。
   
           
           
         
    メディアからの震災関連の情報に接するにつけ、いわゆる映像文法がいかに無意味か、思い知りました。もちろん、テレビ、ネットを問わず映像が「情報」を    
    伝える力を持っているのは確かで、それ自身を否定するわけではありません。しかし、テレビはいけません。テレビの手法は根本的に間違いです。ここをこ    
    うすればよくなるというレベルではなく、映画から学んだ文法自体が全く駄目なんです。このことは多くの人が気付いていることと思います。    
    '11.4/19 インターネットのUstreamで、IWJの生中継を見て確信しました。先日から原子力保安院と東京電力の会見の中継はこのサイトで見ていたのです    
    がこの日は別のチャンネルを見たら走行中の車から外の風景を淡々と中継していました。IWJの若いスタッフ2名が南相馬市長に会見するために福島に向    
    かう車から外の様子をカメラで中継しているのでした。テレビでは絶対ありえない手法です。その後無事南相馬市に着き、市長に会見、マスメディアではわ    
    からない情報を引き出しましたが、話はさらに続きがあって、会見の後彼らは南相馬市の震災地域に入ってその様子も生で中継を続けたのです。    
   

webでさまざまな震災関連の報道写真もみました。出てきた結論はいくつかありますが、そのひとつが「三脚を使って撮った写真は偽者」 その場の真実を

   
    カメラで切り取る際、三脚は全く意味が無いと思い知りました。私は動画の作り手で写真は片手間ですが、ビデオ撮影は三脚使用を前提にしてきました。    
    これって、何だったんでしょう。何もかもが音を立てて崩れていきます。人間が目の前の出来事を見るとき、頭を三脚にのせて見るわけじゃない!    
    私は若い頃独学で映像を勉強し、映像作品もつくってきましたが、これですべてご破算。完全に始めからやり直しだなと一時考えましたがそれでは今まで    
    の事が無駄になってしまいますので作品によってそこは臨機応変ということにしましょう。