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    開けてしまったのは古い逆玉手箱    
    35年を経て、    
    鮮明に蘇る青春の日々    
         
         
    1975,夏/ガラス細工のモビール    
    注 : 2012,6/8 プライバシーに関わる画像を削除しました    
     昔、あのベトナム戦争終結の年に作りかけた、そして35年を経て、今再び完成に向けて取り組んでいる8ミリ自主映画について書きます。    
    この作品は私の分身ですから、映画として完成させてもまだ「完結」はさせませんが。画家は筆の置き時を心得ていると言いますが、その逆もいいじゃないで    
    すか。だって、還暦を過ぎても私の人生はまだ先があるんです。「少女」にはまだ行き先不明の旅を続けてもらう必要があるんです。    
   
 

左 弟のところに行っていた当時私が書いたシナリオ

上 テレシネのためにロール分けした8ミリフィルム

     
   
     「簡易テレシネ」のページで静止画サンプルをお見せしていますが、1975年(昭和50年)に私が作った「魔法のカーニバル」は、規模こそ小さいものの製作    
    過程は劇場映画と全く同じで、完成当初はたしか2時間近い長編カラートーキー作品でした。原案は当時東京で写真家の夢を持って勉強していた弟。    
    原案では山にあこがれる少女の日常、みたいなたわいも無い話なんですが、これをふくらませて登場人物も増やし、少女との絡みも加えました。詳細な    
    シナリオも書き、セリフもありますが劇映画ではなくセミ・ドキュメンタリーに近いもので、羽仁進監督の「午前中の時間割り」に近い作品です。    
   
 

この映画は二回見ました。
最初に見たとき、あまりにも衝撃的で興奮が収まらず、翌日再び蠍座へ行かずにはいられませんでした。
このとき手に入れた「アートシアター」97号はいまだに持っています。
この映画を知ったのは、これ以前に当時毎号買っていた8ミリ映画雑誌「小型映画」の記事を見て。

当時弟が東京にいたので蠍座はその後も何度か足を運んだ記憶があります。
また、映画上映組織?の暗駄留舎の上映会もよく見に行きました。あれは良かった。

それから数年後、友人と東京へ遊びに行ったとき、蠍座で映画を見ようということになって行ったのですがすでに廃館していて、その代わり上の新宿文化(蠍座は新宿文化の地下にありました)で偶然にも大島渚監督の「愛のコリーダ」をやるというので二人で入ったら何と初日の舞台挨拶!
監督夫妻を初め、出演者一同を目の前で見ることができました。

蠍座で手に入れた「アートシアター 97」    
   
   
  私が新宿の今は無き蠍座でこのATG映画を見たのは後のことと記憶しているのですが
昔レンタルビデオで午前中の時間割りを見つけてコピー(失礼)しておいたテープが出て
きて見直しました。
あれ、似てる、そっくりじゃないか。
夏休みに女子高生が二人で旅に出るという構成、海/滝/共通の男友達。
高校生の下村君がタバコを吸うシーンは私の映画では木島君が弁当を食べるシーン。
山場で流れる曲は同じで「びっくり箱」の「カーニバル」
この映画を見たのは75年1月か76年1月。
自分が映画を作った後だったのか前だったのか、自信はありません。
映像はいつまでも鮮明ですが記憶は再構成されて曖昧になっていきます。
   
             1975 蠍座の入り口で 8ミリフィルムから    
     当時の私は8ミリに夢中で、膨大な8ミリフィルムを消費して映画を撮りまくっていました。時まさにアンダーグラウンド映画全盛期。当然「劇映画」には全く興    
   

味が無く、一連の羽仁作品とかTVでは佐々木昭一郎氏の「夢の島少女」('74)の自由な作り方にあこがれていました。同氏の「紅い花」は'76ですがこれも好

   
    きな作品で、数年前にNHKアーカアイブスで偶然再会したときは感激でした。原正孝(将人)氏が'73に作った初国知所之天皇(ハツクニシラスメラミコト)は東    
    京まで観に行きました。東京の冬が妙に寒かった覚えがあります。原監督は私よりひとつ年下です。    
     '75、26歳の夏、休日のすべてと20万の大金をつぎ込み、かき集めたキャスト/スタッフを引き連れてロケに飛び回り、秋に追加撮影を済ませた後、編集とア    
    フレコを含む音入れに持てる技術のすべてを使いました。翌年春、職場の同僚、友人、知人を集めて盛大に上映会を開催。しかし、評価は芳しいものではな    
    く、上映会に協力してくれた同僚曰く「よくわからなかった」のひと言。「お前なんかにわかってたまるか。お前に一体何がわかるっていうんだ」 内心言い返    
    しましたが、今なら褒め言葉とありがたく受け取ることでしょう。彼に言われるまでもなく、この映画は彼が予想していたような映画ではないんです。セリフが    
    あっても「劇」ではないし重大な出来事があるわけでもなく、田舎の女子高生が夏休みに海への旅に出る、ただそれだけなんですから。批評家的に書けば    
         
     無名の監督が作ったこの何事も起きない映画は作者の内面をストレートに表現したものであり、主人公の少女は現状を打開しようとするがあと一歩踏み    
    出せない作者自身なのだ。登場人物は全くの素人ばかりでセリフも棒読みだがそんなことはこの映画の本質とは何の関係も無い。むしろ、役者を使ったら    
    虚構になってしまう非常に繊細な主題を扱った映画なのだ。まして、作り物の事件や恋愛を組み込んだらすべてが消し飛んでしまうのは明白だ。構成が一    
    見稚拙にも見えるのは案外作者は用意周到、計算済みで「お前らにはわかるまい」とほくそ笑んでいるに違いない。    
     会話が少ない分を補うためだろう、少女のモノローグの形でちりばめられているのは作者が言わずに居られぬメッセージを凝縮したもので聞き逃せない。    
    田圃の中の小さな無人駅で少女が出逢う旅の若者(彼は少女の幻想なのかも知れない)の、「行き先って、別に決めてないんだ。目的地はあるけどね。」    
    がこの映画のすべてを語りつくしている。彼の言葉は意味深長で、実はこの映画、完結していない。フィルムの中で、少女は旅を続けている。    
         
     ちょっとやりすぎかな。しかし、作ってから35年という歳月は納戸に眠っていた映像を熟成させました。年代物のワインとまではいかなくて糠漬け程度です    
    が。申し分なく漬かったこの映像を、作者としても関わった人たちのためにもこのままにしておくわけにいきません。さあ、これをどんなお皿に盛り付けましょ    
    うか。    
   

 今回、この作品を世に出すため簡易テレシネでディジタル化するにあたり、フィルムをチェックしていて感じたのは、35年前と現在では当然ながら自分自

   
    身の感受性に大きな違いがあるということ。35年という歳月はには重みがあります。35年前の自分との対決、これが出来るのもフィルムがのこっているから    
    こそ。記憶は歳月とともに曖昧になっていきますが、映像は永遠です。このフィルムはまさに自分自身へのタイムカプセルです。ここで間違ってはいけない    
    のが、青春時代の自分を親の世代として見下ろす事。歳月を経ても自分は自分です。これを見下ろしたのでは自分を、青春を否定することになります。    
    自分自身を評論してもそこに何の意味もありません。というより、今感じているのは逆で、とてもじゃないがあの時の自分にはかなわないという、ある意味痛    
    快な感覚です。まさに純真無垢、これで結果を出すとか世に出すとかそんなことは一切お構い無しに行動した自分に対する畏敬の念。「よくこれだけのこと    
    をやったもんだ」が正直な感想です。あの時やっておいて良かったと今、本当に思います。映像って、すごいものです。ホコリとキズだらけのフィルムの中    
    に確かに35年前の自分が存在して、それが今も生きているんです。    
   
中央が私   ファインダーを覗く真剣な目   この日のメンバー
   
     先日から再三実家を家捜ししてカットしたフィルムはほとんどが出てきました。繰り返し編集してカットしたフィルムは捨てずに箱の中に裸で放り込んだま    
    まになっていたんです。問題はアフレコ音声のテープ。いくら探しても出てきません。カセットデンスケで録ってオープンテープにコピー、フィルムに録音し    
    たはずですが、一本も出てきません。あれが出てくれば音声を全部入れなおすことができるんですが。弟の親友に頼んで歌ってもらった自作の曲もある    
    はずです。あきらめず引き続き探し続けましょう。まさに亡くした子供の歳を数えるような。    
   
   

なんと初号シナリオが出てきました。なぜか弟の処へ行っていて戻ってきたA4の袋いっぱいの原稿の中に紛れ込んでいました。変色した2百字詰め原稿

   
    用紙で94枚。読み返してみると実に良く書けていますが、アマチュアのすることですから、頭で考える段階では何でも書けても実際カメラを回す段階になる    
   

と思うように出来ないのは当然で、撮影現場は妥協の連続、出来上がった映画は今回出てきたシナリオとはかなり違っていますが、感無量。

   
     オリジナルのフィルムと、当時撮りまくったその他の膨大なフィルムを使って、ビデオで追加収録もして過去と現在を対比させて。新作が出来そうです。今な    
   

ら出来るし、老いとの闘いになる事を考えると今でなければ間に合いません。これをなんとか完成させ、YouTubeで公開することを目標にしましょう。

   
         
     '10.4 最終的なテレシネを完了。設定はテスト結果を踏まえ、心機一転、カメラの設定はすべて見直しました。    
    使用カメラ:IKegami ITC-735    
     ●設定 焦点距離:40mm レンズの最短撮影距離(1m)にスクリーンの位置を合わせました。    
     ●アイリス:F4-5.6 もちろんマニュアルで全編の調子をみて決定。    
     ●DTL:NORM HIのほうが輪郭は鮮明になりますがフィルムの粒状ノイズも強調されるので本番はNORMとしました。*1    
     ●HLC:WIDE フィルムのダイナミックレンジを極力生かすため。*2    
     ●AWB:空映写スクリーン 試行錯誤の末の結論です。    
     *1 最初、"HI"で取り込んでおいてAVIUtlを使って輪郭は維持したままノイズを軽減しようと思ったのですがオリジナルの味を生かすためNORMに決定    
     *2 フィルムのダイナミックレンジは驚異的に広くてこれをビデオの狭い範囲に収めるのは不可能です。白飛び/黒つぶれは避けられません。    
     テストではDVRex経由でPCに直接キャプチャしましたがHDDは生ものでいつ飛ぶかわかりませんので本番はDVRexでアナログ/デジタル変換したデータ    
    をいったんGV-D200でテープに収め、それをキャプチャしました。これなら万一HDDが飛んだりデータが消えてもバックアップテープがあるので安心です。    
     なお、PCはWindows2000のサブマシンを使いました。インターフェースはかつてメインで使ったおなじみのDVRaptorを引っ張り出してセットしたのですが2枚    
    あるのに2枚とも不調であきらめ、IEEE1394カードを入れてPremierでキャプチャしました。以前、不安定で使う気にならなかったPremierのキャプチャ機能で    
    すが、今回は全く問題なし、絶好調です。腑に落ちませんが使えるんだからいいとしましょう。    
     簡易テレシネについてはここまでとします。また何か新しい結果が出たら公開しますが、これから挑戦する人はそれぞれおおいに苦しんでね。    
         
     本題に戻ります。    
    シナリオにあって撮影できなかったシーンがいくつかあります。少女の幻想場面で、グライダーからの空撮も予定していましたが、書くのは簡単ですが実行    
    は困難が伴うもので、河川敷で飛ばしていたグライダーに乗せてもらおうと交渉した記憶があります。交渉は成立せず、撮影を断念。しかし、35年を経て空撮    
    の可能性が出てきました。現在、わずかな費用で体験飛行が出来るのです。もっと早いうちに知っていれば!    
    夏を待ちましょう。出来たらカメラは当時のELMOで撮りたいし、懐かしいダブルスーパーフィルムも今ならかろうじて手に入りそう。近いうちに友人のところへ    
    行ってカメラを借りてきて整備しなきゃ。他にも追加撮影が可能ならぜひ撮り足したいシーンも。但し、出演者は35年を経過しているので使えません。主演の    
    彼女は当時16。ということは35を足すと・・・ 26歳だった私も今は還暦を過ぎ・・・。老人の回想映画にするのだけはやめましょう。歳はとりたくないですね。    
         
     テレシネにあたり、実家から放置したままの8ミリフィルムを全部持ってきました。撮ったのは独身時代ですから、家族を撮ったものはほとんどありませんが    
    中には今度の作品に使えるシュールな映像も含まれていて、構成次第で面白い作品が作れそうです。思わず笑ったのは自分撮りした若き日の私のアップ。    
    思わず息子を呼んで「ほら、お父さんこの頃まだ眉毛があったんだぞ。」きりっとした眉毛と大きな目、弛みのない顔、締まった腹。これと現在の顔をカット割    
    りでつないだらとんだお笑い。それもいいじゃないですか。あのときと同じカメラとフィルムを使えば35年を隔てて自分との対面(対決)なんてことも可能です。    
    まさに映画は時間と空間の芸術。    
   
   
遠い昔 今の顔も並べましょうか   イヌワシ 撮影場所は記憶なし   本は映画美学入門 シュールですねえ
   
     冗談はさておき、アイデアが次々に湧いてきます。ダブルスーパーの生フィルムは金属のリールに巻いてあるだけですから、カメラへの出し入れは気をつ    
    けないと光線引きが起きるのですがこれが白フェードをかけたような意外に幻想的な映像になるんです。私のフィルムではこれが結構頻繁に出ているので    
    生かしましょう。    
   
   
光線引きしたフィルム   自作三脚ヘッドと借り物のカメラ   自作ライトブラケットが付いてます
   
    フィルムについてもうひとつ面白いことがあります。確かエクタクロームだったと記憶しているのですがこのフィルムを未露光のまま現像すると当然真っ黒に    
    なります。これのエマルジョンをナイフで削ると削り方次第で変わった模様が出来ます。    
       
    これが実際に加工したフィルムです    
    このフィルムを映写すると青い帯がゆらゆらと左右に流れる美しく幻想的な映像になるのです。これは偶然未露光部にキズが付いたとき気付いて試したとこ    
    ろ、意外に面白かったので敢えて生フィルムをそのまま現像に出して作ったものです。    
         
     '10.4 友人から懐かしいELMO C300を借りました。長期間使用していないのでいろいろ不具合もあります。詳細はこちら    
    で、今回撮影を続行するにあたって最大の問題が8mmフィルム。当時のダブルスーパーフィルムはすでに製造終了、友人が使わなかった生フィルムは手元    
    に来ていますが有効期限が1980年という代物、おそらく、じゃなくて絶対使えないでしょう。シングル8は2013年まで製造が延長されたので今なら使えますが    
    コダクロームのあの発色には遠く及びません。ビデオで撮るくらいならシングル8で撮ってPremierでコダクロームの色に合わせて補正するのが現実的かも。    
         
     では、完成させようとしている映画について書きましょう。    
    とにかくこの子を使って映画が作りたい。それがすべての始まり。26歳の青年が自己表現する手段、媒体として最高の存在でした。今になってフィルムに写    
    った彼女と対面するとその瞳の先に見える自分自身の純粋さに気恥ずかしいと同時に現実を離れて不思議な感覚に襲われます。    
     オリジナルのフィルムは我ながら実によく考えて構成してあります。私は当時も今も映画と演劇の関係を全否定する立場なので、この映画を作ったときも    
    「演技」は一切要求していませんし、出演者が自分では演じているつもりの部分も含めて「素」のまま。わけてもKAKOの素の表情は秀逸です。常に静から動    
    へ動から静へ変わり、カメラではなくその先の本質に向けられた鋭い視線。幼い顔が一瞬で「女」に変貌してこちらが狼狽したり。これは誰でもかまわないと    
    いうものではなく、この子だから、それと16歳という微妙な年齢プラスアルファがカメラの前で素の表情をさらけ出してくれたのに違いありません。    
     彼女には何十年ぶりに連絡がとれ、映像公開の了解を得ました。しかも快く。話の中で私がもっと押せばカメラの前で何でもしてあげたのにとこちらがたじ    
    ろぐ話まで出ましたが遅きに失しました。これは痛恨の極みです。でも現実は彼女は友人の妹さんですから、場合によっては兄貴にボコボコにされていたか    
    も、いや、そんなことじゃ済まなかったでしょう。    
     35年前、どうして未完成に終わったか。原因はテーマが曖昧だったことと全体の構成が未熟だった点だと、今になってわかりました。で、老いの隙間で考え    
    テーマはしっかり決め(ここでは表に出しません)、構成もまとまりつつあります。これは表に出してしまいますが、「ガラス細工のモビール」。これしか無いと    
    考えます。作劇の基本である”起承転結”はゴミ箱に破棄し、結末もなし。これは息子の強硬な意見で私も納得したもの。彼の主張は正論で、「結末があると    
    いう事はそのための構成であって、それなら始めから結末だけ見せれば済んじゃう」。ごもっとも。水戸黄門じゃあるまいし。結末は無しで少女には旅を永遠    
    に続けてもらう必要があるという結論。あとは観る人に丸投げしましょう。いやいや、息子には感謝。自宅で飲みながら激論を交わしたのは大成功で、おかげ    
    で目が覚めました。劇映画を否定しながら起承転結の中にいた自分が情けない。ちなみに息子は'10.5現在26歳。不思議な巡り合わせです。    
     映画の時間と空間が、辻褄が合っていなければいけない理由は全く無いのですし、逆に辻褄が合わない理不尽がまかり通るのが世の中。すべての束縛    
    から自分を解き放ってやろうじゃないですか。    
     ○ほんとうのようなうそのこと    
     ○うそのようなほんとうのこと    
     ○ほんとうともうそともいえないこと    
         「パラドックスの世界 星間・逆説の旅」 田村三郎 講談社BLUE BACKS    
     元はといえばこの映画は「うそのようなほんとうのこと」で、作者である私も当事者なのであって、「午前中の時間割り」が「ほんとうともうそともいえないこと」    
    なのとは決定的に違います。この点では羽仁進監督といい勝負だと自負しています。私がリメイクしようとしているのはカメラが切り取った真実の断片を紡い    
    で虚構世界を構築するのではなく、さらに真実に迫ろうとしているのであって、ドラマとかドキュメンタリーなんていう安直な考え方ではありません。    
    あまり関係ありませんが羽仁進氏が「午前中の時間割り」を作ったのは確か40代前半。私が映画に挑戦したのは26歳。そして今、当時の羽にさんの歳をは    
    るかに過ぎました。40、50は洟垂れ小僧と言いますが、還暦を過ぎたおじさんになってみると確かに実感します。    
   
 
35年前の海岸線 8ミリから   現在
   
    左の画像は8ミリのひとコマで、道路にぽつんと見えるのが少女がヒッチハイクで乗せてもらったという設定の若いカップルのサニークーペ。ここはカメラ位置    
    がわかりました。歳月はこんなにも風景を変えてしまいます。道路は国道8号線です。海側の平地は波に侵食されたのかほとんど無くなっていました。    
   
 
波打ち際 35年前   同じ場所を見つけました 間違いなくここ!
   
    どうしても8ミリの中の波打ち際へ行ってみたくなって探しまわりました。地形が変わったのと砂浜がどこも昔より狭くなってしまいましたが、ついに辿り着きま    
    した。新潟県谷浜海水浴場です。あの時、テトラポットは無かったはずで浜茶屋の準備をしていたおばさんの話ではやはり昔は無かったそうです。それと、砂    
    砂はもっと広かった記憶があるのですが、それもおばさんは言っていました。「テトラポットができてから浜が狭くなってしまった」そうです。    
    一人波打ち際に立ったときの感激!まざまざと蘇るあの日。目を閉じるとはしゃぎまわるKAKOの姿、はちきれる笑顔。    
         
       あまりにも個人的なことを書きすぎたので十数行削除しました。    
         
     長い長い余談(KAKOは架空の少女で全部創作かも知れませんよ 話が出来すぎでしょ)はとりあえずここまでとして、映画作りを進めましょう。    
    一気に硬い話になります。8mm映画の追加撮影には大問題があります。友人(彼こそKAKOの兄貴という、これも出来すぎの話)からあのとき使ったカメラを    
    借りたまでは良かったのですが、なにせクラシックなカメラですからひととおり手はいれたものの使える保障はありません。さらにフィルムは高価で貴重な上    
    期限切れの在庫品しか手に入らないのではまことに心元ありません。フィルム、しかも当時と同じKodacrome25デイライト ダブルスーパーにこだわりたいの    
    ですが、意外な解決策がありました。昨年の定額給付金で買ったGAUDIのSDカメラが使えそうなんです。まだテスト撮影の段階ですが、このおもちゃカメラ    
    は私に言わせると出来損ないのインチキです、が、それが功を奏して8mmカメラに近い映像が撮れそうな感じ!    
   
   
GAUDI GHV24SDK   動画から a   動画から b
   
    このカメラをDV画質の720×480サイズで高画質モードに設定しても実際はフル画質にはなっていない感じの実に頼りない映像で、しかも動きはパタパタ。    
    テレシネ映像と似ているじゃないですか。これは色さえPremierでフィルムライクに出来れば案外いけそうです。さっそくぜひ追加したいカットを撮ってテレシネ    
    映像に挿入してみましょう。もしこれでいければ経費が不要になるといううれしい事態になります。グライダーの空撮も楽チン。万事好都合。明日にでも挑    
    戦してみましょう。どうせこんなことしか使い道がないカメラですがもしかしたら強力な武器になる可能性があります。    
         
   
 
SDカメラのオリジナル動画から   Premierで加工後
   
    少女のノートとペンという設定の小道具をSDカメラで撮って加工してみました。    
    左の画像は動画から切り出したままで、ビデオ特有の平面的な画で味も何もありません。右は加工後でノイズ:12% ガンマ補正:15。ビデオモニターで映像    
    をテレシネ部分と比べながら決めました。PremierにはQuicktimeフィルタも入っていて「フィルムノイズ」を付けられますがあまりにもわざとらしいので却下。    
    もうすこし追い込んでみますがこの設定でほぼ決まりでしょう。後日の追い込みでノイズ付加は「カラーノイズを使用」のチェックを外した方が良好でした。    
    なお、カメラはわざと手持ちでぐらつかせましたが、これは元々8mm機材の精度が低くてテレシネ映像が不安定なのに合わせるためです。    
         
    下の画像はオリジナルにある喫茶店のシーンに空になったコップをSDカメラで追加したものです。むろんこの喫茶店はもうありませんので工房で撮影。    
    テレシネ映像に挿入してもほとんど違和感はありません。    
   
   
オリジナルのシーン   時間経過を表現するため追加   コップは似た物をリサイクルショップで入手
   
         
    メインタイトルと背景も出来ました。思った以上にきれいな映像で満足しています。映画の内容を考えると背景はブルーしか考えられません。    
   
 
メインタイトル   サブタイトル フォントは仮決定
   
    実際の動画では背景のグラデーションがゆっくり形を変えながら回転し、透過光によりブルーが濃くなったり薄くなったりします。    
    意外な物を使ったSDカメラによる実写でCGではありません。種明かしはしないのがよろしいかと。    
         
    SDカメラが使えるとなるといろいろ可能性が出てきます。    
    「午前中の時間割り」にかなわない点があるとすれば、少女の裸のシーンが無いこと。「午前中の時間割り」では少女二人が海で裸で戯れるシーンがあって、    
    なんともいえないさわやかな甘い味付けになっているんです。    
    少女の裸の撮り足しは不可能ですから、裸に近いカットを素材にして代わりに裸を連想させるシーンを作りましょう。    
    にわか雨にあってずぶ濡れの少女が鉄橋の下で雨宿りするシーンがあって、少女は体にバスタオルを巻いていて素肌の肩が見えています。(実際はこれは    
    海水浴場の片隅で、下に水着をつけていて彼女の兄も横にいるのです。これは伏せておいた方がいいのかな)    
    このカットに、SDカメラで追加撮影した、枝に掛けられた濡れたジーンズを繋ぐのです。    
    目論見は成功です。映像の嘘ですが裸の少女を間接的に表現できました。しかも全く嫌味なしで。女の子の裸って、男の影が無ければ実に爽やかです。    
   
   
     
   
    ジーンズは重要なアイテムにするのでリサイクルショップで当時の物に近いのを手に入れました。もちろん女物です。    
    季節は違いますがピッタリはまる雰囲気の場所が見つかり、ずぶ濡れと半乾き、すっかり乾いて風に揺られている状態を様々なアングルで撮影。    
   

他にも追加したい素材は増えるばかり。SDカメラだけでなく、レトロな放送用カメラ Ikegami HL-83 も画調が似ているので使ってみたいし。

   
    この一連の作業の楽しいことったらありません。    
    これをフィルム映像に組み込んでみましたが、何か足りない感じ。まだ雨が降り続いているとしたら少女は脱いだずぶ濡れのジーンズをどうするか。    
    このシーンを充実させるための名案が浮かびました。    
    ジーンズはとりあえず足元に捨ててあった古タイヤの上に置けば脈絡がつながります。    
    夕べにわか雨が降ったのでさっそく現地まで30分、車を走らせました。あいにく着いた頃は晴れて撮影は断念、次の雨に期待しましょう。    
   
     
オリジナルでは実際に雨降りに   鉄橋の下で撮影スタッフは私の他2名    
   
    当時の場所にこだわる必要は無いと思う人がいるかもしれませんが、妥協はしません。これは作り手としての執念です。    
   
 
その鉄橋、今ではすっかり様子が変わってしまいました 左は新鉄橋   これが35年ぶりのロケ地 草に埋もれて印象がまるで違います
   
    時代は、時間は容赦なく流れます。この昭和初期に造られた鉄橋はこの後撤去(洒落じゃなくて)されて跡形もありません。    
         
    スタッフの都合がつかず、二人だけでロケをした山の観音堂は最近も訪れていますが、待ちに待った夏の風景になったのでSDカメラの出番です。    
    ここは昔とほとんど変わっていません。    
    8_フィルムから    
   

フィルムが終わりそうになったので回しきるついでに撮った映像
フィルムチェンジで光線引きしてそれが面白い効果を出してくれました
 

あの日と同じにSDカメラをまわしなが
ら回廊を一回りしましたが、不思議な
感覚でした。 35年前の自分と一緒に
歩いているような。

光線引きしたシュールな映像   一人静かに本を読む少女    
   
    今回放送用カメラとSDカメラで追加撮影した映像から    
   
   
観音堂全景/Ikegami HL-79E   上の映像と同じ場所/Ikegami HL-79E   今回使用したカメラ自体もSDで撮影
   
    加工してもビデオはビデオ、風景だと違和感がどうしても出ます。    
    それならいっそ割り切って「回想」にすればフィルムとは全く異質の放送用カメラの映像によって、逆にフィルム映像が生きてくるのでそうしましょう。    
         
    猛暑の’10年8月某日 当時、シナリオには書いたのに断念せざるを得なかったグライダーからの空撮が実現!YouYubeにアップしておきました。    
   
   
離陸!私は後席です   こんな角度で上昇(これは後日の映像)   離脱直前
   
    さすがに旧式で重い放送用カメラは持ち込めないのでSDカメラで撮りましたがこちらは成功でした。フィルム映像に挿入してもあまり違和感がありません。    
         
    35年を経てあまりの変化に唖然としたのが越後の筒石漁港。    
    昔の記憶を辿って海岸を車で走り回ってもわからなくて何度目かにやっとわかりました。昔と全く様変わりです。    
   
A   B   C
ロケ地 1975年 8_から   このカットが場所特定の決め手 8_から   昔の防波堤 8_から
   
    執念でたどり着きました。漁港として整備されて昔のイメージはほとんどありません。    
   
 
筒石漁港全景 /Ikegami HL-79E   A 現在の筒石漁港内 これがあの時の防波堤 2010年11月
   
   
 
B 国道8号線陸橋の左端に注目!もちろん当時駐車場付近は海   C 画面右端ぎりぎりに見える電柱の下がロケ当時の防波堤 /Ikegami HL-79E
   
   

2010年11月3日 強風で海は大荒れ。それが幸いして普段は気安く入れない漁港内に入ることができ、じっくり観察、写真撮影ができました。
それにしても、35年ぶりのロケ地は感無量。
可能なら動画も撮りたいものです。

後日改めてハンディーカムを持って行って来ました。
何のことはない、ここは釣りのポイントで多くの釣り人が来ていました。
「関係者以外立ち入り禁止」の看板があったので入れないのだと思っていました。そうとわかっていればIkegamiのカメラで撮りたかった!

ここの風景が様変わりしたのは、北陸自動車道のトンネル工事で出た土で
海を埋め立てたためと後で知りました。

 
    埋め立てですっかり変貌した漁港全景
   
         
    ついでにこちらも紹介しましょう。長野電鉄屋代線 若穂駅です。    
   
   
現在の若穂駅 ビデオから   今は旧営団地下鉄の3000系   昔は「デハニ201」 8_から
   
   
 


走り去るのはモハ401 8_から

当時は屋代線ではなく、通称「河東線」と呼ばれていましたが、私の認識不足で電車は一種類と思い込んでいて、映像のつながりを考えずに撮ってしまいました。
昔の河東線は実に風情がありましたが社会の
状況が変わり、この鉄道は2012年4月1日廃止されました。
この懐かしい情景は、やがて記憶の彼方。

201の表記が見えます 8_から           
   
    若穂駅は現在の様子を映画に挿入したくて猛暑の中何度もロケに行って来ましたが、最後に行った際、面白い出来事がありました。    
    電車が駅に到着し、発車するまでをホームから撮ったのですが、気付くと駅の脇道から中学生くらいの男の子が運転し、後ろに高校生くらいの女の子が乗っ    
    た自転車が慌てた様子で構内に入って停まり、女の子(お姉ちゃん?)が飛び降りてこちらに駆けてきます。電車はすでに発車したところ。呆然とする女の子    
    と呆れる弟。小さな待合室に入って言い合う二人。乗り遅れです。    
    ちょうど撮影は終わり。気の毒なので声をかけました。「何処まで行くの?」「○○です。」友達と待ち合わせているのだそうです。「おじさん、乗せてってやろ    
    うか」男の子が「乗せてってもらえば」ということで急いで機材を撤収、女の子を○○駅まで乗せて行ってやったという、それだけのことなんですが。    
    十数分の道中、緊張させないようにいろいろ話しましたが、この女の子、16歳だと聞いて因縁めいたものを感じました。    
    ○○駅に女の子を送り届けて若穂駅に戻りましたが男の子と自転車は消え、待合室の床に彼が吸ったタバコの吸殻。車の中に残る化粧の残り香。    
    あれは真夏の駅で見た幻覚だったのでしょうか。    
         
    デハニ201は廃車になった後、長野電鉄小布施駅の「ながでん電車の広場」に静態保存されています。色は塗り替えたのでしょうか。    
   
 
ここは入場券でだれでも見学できます ビデオから   私は子供のころ何度も乗っています ビデオから
   
    ーその後調べてみるとこのデハニ201は間違いなく当時の河東線も走った電車ですが、映画に出てくるのが「デハニ」かは確かではありません。その後ここの電車は撤去されました!    
    今回、懐かしい場所を歩き回りましたが、これは実に楽しいものです。これは昔の自分を探す行為でもあるわけで、無限の可能性を信じていた若い自分に    
    「おまえ、その歳になっていったい何してるんだ、あの夢はどうしたんだ!それじゃおまえが一番嫌ってた人生じゃないか!」って気合を入れられそうな気がし    
    ます。    
         
    '10も年の瀬。    
    今年はこの自主映画リメイクにかかりっきりでした。相変わらずの決断力の欠如で、行ったり来たりの日々。で、考えました。完成させようとするから進まない    
    のであって、不完全なままどこかで打ち切らないとこのままではいつまでたっても終わらない。「未完成交響曲」って手もあるじゃないか。    
    ということで、とりあえず(私はこれが多いんです)"You Tubeバージョン"としてまとめて作業をひとまず終了させようということにしました。    
         
    私は映像は夢と似ていると思っています。夢にはストーリーがあるわけではなく、後で思い出して頭で再構成して解釈しようとするじゃないですか。    
    作り方にもよりますが、映像も観終わってからそれぞれ勝手にそのまま味わうなり自分なりに解釈して構わないと思うのです。どのみち映像は虚構ですし、    
    実体は存在しないものですから、完成されているという事には意味が無くてむしろ辻褄が合わないのが本当のような気がしています。    
       
   

12月末のある深夜、編集済みのシーンをAVIで書き出して並べ、全編通して確認してみました。90分近い長編になっていました。

   
    Premierのモニターウインドウに映し出される手塩にかけた映像。のはずが、    
    ・・・・・!こ、これは!    
    愕然。10ヶ月もかけて一体何をしてきたのか。まるで意味の無い事に無駄な情熱をかけていたのではないか。「馬鹿の考え休むに似たり」    
    深い溜息が出ました。こんなのは映画じゃない。そんなレベルに到底達していない!    
    この空しさは。    
         
    ここで、冷静に考えました。    
    じゃあこれが無かったらどうなんだろう。この10ヶ月、それこそ無意味な時間を過ごしたのではないか。    
    この映画作りは、アラ還の、人生の句読点に手がけるには最高の仕事だったのだ! 何より青春時代の自分のすごさを思い知ったじゃないか。    
    5年、10年後にはおそらく不可能でしょう。ラストチャンスだったんだ。素晴らしい10ヶ月だ。    
         
    2010年12月31日 紆余曲折の末、映画「1975,夏/ガラス細工のモビール YouTube版」は完成しました。上映時間1時間27分の長編です。    
    なお、面白い試みとして、フランス語で男女の掛け合いを入れました。なぜフランス語なのかって思うかも(思わない?)知れませんが、英語では駄目なんで    
    す。もちろんこれはフランス人に頼んで喋ってもらったわけではなくて、PCを駆使しての苦心作です。これで不思議な感覚の映画になりました。フランス人に    
    はこの洒落が理解できると信じています。日本語ではいけないのかという声は、まさか無いと思いますが、それが頭が一回り半している私の洒落。    
    新しい年が始まりました。YouTubeにアップ開始!    
    YouTubeの制約で、映像の長さは通常15分までとなっていますので、Vol_1〜Vol_9までロール分けしました。各ロールはそれぞれが単独の短編または短編    
    集になっています。ロールの頭に余計なリーダーは付けてありませんので、ダウンロードしてつなげば即長編映画になります。その際、順番を変えてみるの    
    も面白いかも知れません。なお、この初版は画質に問題があったため、後日再エンコードして改めてアップしました。これで画質はバッチリ。    
         
    最初、この映画を完成させようと考えたときはYouTubeで公開は考えていませんでした。自分自身のために完成させようと思っただけなんです。でも、35年前    
    私の映画ごっこに付き合ってくれたメンバーのご苦労と、当時感謝の言葉ひとつ言ってなかったことを思うと、完成したら私の手元に埋もれさせてはならない    
    と考えるようになりました。この映画は私だけでなく全参加者の青春の証。絶対世に出さなくてはならないのです。    
    また、映画の中で高田渡の「生活の柄」を歌ってる彼はその後若くして故人となりましたがこの映画は彼に対して何よりの供養でしょう。    
    ♪歩き疲れては夜空と陸との隙間にもぐりこんで 草に埋もれては寝たのです 所構わず寝たのです    
    みんな本当によくやってくれました。映画の完成に際し、この場を借りて関係したすべての人と若い日の自分自身に感謝。みんな、ありがとう    
         
    1975年、私にとってだけでなく世の中すべてが活気に満ちてそれでいて大らかで、若者が目を輝かせていた、素晴らしい時代でした。    
    世の中すべて行き詰った今の状況ですが、もう一度、青年が無限の可能性を信じることができたあの時代をみんなで取り戻そうじゃありませんか    
   

 

   
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